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ダイキチ☆デラックス〜音楽,本,映画のオススメ・レビュー

怪人二十面相

江戸川乱歩  1936年

ハハハハハ……さらばだ明智君、また会おう!

 最近の若い人は、ってオヤジみたいな言い草ですが、意外と古典を読んでいないのですね。別に読まなくても死にはしませんし、そもそも、こんなに本の数が増えちゃ、とても対応しきれないというのも分かるのですが、何とも勿体ないことだと思うのです。文化芸術というものは、過去の遺産の上に成り立っていくものですから、それなりに順を追って鑑賞しないと、本当の面白さは理解できないと思うのです。そして、時の試練に耐え抜いた古典には、やはり読むに値する価値があるので、できれば、新刊は「古典」に熟成するまで放っておいて、古典を時代を追って精力的に読んでほしいと思います。

 さて、これは戦前の作でありながら、いまだに読み継がれる国民的ベストセラー。合計で31の作品に登場する、架空の有名人の中でも屈指の存在、怪人二十面相のデビュー作です。物語は、「そのころ、東京中の町という町、家という家では、ふたり以上の人が顔をあわせさえすれば、まるでお天気のあいさつでもするように、怪人「二十面相」のうわさをしていました。」という名調子で始まります。

 麻布の資産家、羽柴家に、変装の天才で宝石や美術品ばかりを狙う盗賊「怪人二十面相」から、かつてロシアのロマノフ王家の宝冠を飾っていたダイヤモンドを奪うという予告状が舞い込みます。厳重な警戒にもかかわらず、ダイヤモンドが奪われたうえに、次男の壮二君が誘拐されてしまいます。更に、二十面相は壮二君と引き換えに観世音像を要求してきました。羽柴家からの依頼を受けた名探偵明智小五郎の事務所では、明智探偵が留守中のため、助手である小林芳雄少年を代理として向かわせましたが……。

 ノスタルジーで言うのではありませんが、ここに描かれた風景を読むと、現代のコンビニ的真っ白光にあふれた陰影のない町が、いかに味気ないものかと思われてなりません。奇妙に漂白された風景が、人の心から想像力や、大げさに言えば人間性を剥奪していると痛感します。そんなギスギスして潤いのない現代を生きなければならない少年少女に、この本は、正義の心とか勇気とか、そういう人間としてなくしてはいけない大切なものを教えてくれます。併せて論理的思考の涵養にも役立つという文句なしの良書ですから、文部科学省の皆さんには、これを教科書に必ず載せるように制度改正を行っていただきたい。当然、言葉狩りなどという「臭いものには蓋」でしかない冒涜行為は許されません。乱歩の少年探偵ものには、二十面相が登場しないものもありますが、面白さという点にかけてはまったく遜色がなく、正に我が国が世界に誇るジュブナイル・シリーズとなっています。ちなみに、ポプラ社が出した文庫版には2種類ありますが、藤田新策が表紙絵を担当した方は言葉狩り版なので、昔懐かしい柳瀬茂、武部本一郎、木村正志、岩井泰三、伊勢田邦貴、吉田郁也、柳柊二、中村秀夫の各氏の表紙絵によるポプラ文庫クラシックを入手して、オリジナルのまま読むようにしてください。