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ダイキチ☆デラックス〜音楽,本,映画のオススメ・レビュー

木馬は廻る

江戸川乱歩  1926年

メリー、ゴー、メリー、ゴー、ラウンド

 乱歩作品の評価は、短編の方が圧倒的に高い。て言うか、評価された長編なんてあるのだろうか。せいぜいが『パノラマ島奇談』くらいで、後の通俗長編に至っては、バカバカしいだの人前で読めないだのとケチョンケチョンである。乱歩は通俗長編のおかげで有名になったのだから、それらを評価するのが筋ではないかと思うのだが、妙な文学意識が働いてしまうのか、とにかく世間での評価はそうなのである。『黄金仮面』とか『黒蜥蜴』とかいった作品を本当は愛読していたくせに、そんなところで世間体を取り繕うなんて、実にカッコ悪いことだと思うのだが、乱歩作品を読む(ましてや評価する)ということは、今からは想像できないほどに背徳的なことだったのだろうか。私は、「D坂の殺人事件」や「心理試験」が、本格作品としてしっかりしているからと分かったような理由で高く評価されている現状には首を傾げてしまう。ハッキリ言って乱歩は本格推理作家としては二流で、本格濃度の低い作品ほど面白いのではないか。怪奇、幻想、変態……これらこそ乱歩の本領ではないのか。そこでお薦めするのは、幻想味が色濃く出た、この作品である。

 ある場末の木馬館で働く初老の男、格二郎は、元は人気花形音楽師だったが、今では落ちぶれ、しがない廻転木馬のラッパ吹きをやっている。これといって楽しいこともなく、ただ時間の過ぎるのを待つだけである。そんな格二郎には妻も大きい子供もいるが、切符係の少女お冬と顔を合わせるのを生甲斐としていた。ある日、謎の男が、お冬のポケットにねじ込んだ封筒を付文だと思って抜き取った格二郎。嫉妬ゆえの行動だったのだが、実は、この封筒は……。

 というわけで、本格どころか推理小説ですらない。血しぶきもなければ変態も出てこない。それのどこが乱歩なんだ?とお怒りになる方もいらっしゃるかもしれないが、「貧乏のこと、老後の不安のこと、もはや帰らぬ青春のこと……哀愁の廻転木馬は廻りつづける……」といったような哀しげな、セピアな、美しい夕焼けが目に浮かぶような、どこか懐かしくて優しい雰囲気を味わうことも、乱歩を読む楽しみの大きな部分を占めていると思う。地味かもしれないけれど、一読の価値のある佳品である。

 ところで、この作品は創元推理文庫『人でなしの恋』に収録されているのだが、この短編集は実にマイナーな作品ばかりを集めている(解説で新保博久もそう書いている)。確かに「心理試験」や「押絵と旅する男」なんて有名どころが収められていないので、キャッチーでないのは事実だが、耽美の極致である表題作をはじめ、乱歩には珍しくユーモラスな雰囲気を持つ「接吻」、えげつない話でありながら、ラストシーンが一幅の絵画であるといっても過言ではない美しさを見せる「踊る一寸法師」も収録されていて、実はなかなかオイシイ本なので、即、購入をお勧めする。