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ダイキチ☆デラックス~音楽,本,映画のオススメ・レビュー

獄門島

横溝正史  1947年

むざんやな 甲の下の きりぎりす

 パクリだなんだと物議をかもした『金田一少年の事件簿』であるが、何度もドラマ化され、ジャニーズが主役を演じて女性ファンの股間はもらい泣き状態が続いている。初代の堂本剛はまだしも、どんどん原作のイメージを離れていくのはいかがなものかと思うのだが、そんなこと、ジャニーズファンにはどうでもいいことなのでしょうな。それはさておき、これはおじいちゃんの方である。天下御免の大傑作。

 終戦から1年経った昭和21年9月下旬。金田一耕助は、引き揚げ船内で死んだ戦友、鬼頭千万太の手紙を届けるため、千万太の故郷である獄門島へと向かった。瀬戸内海の中ほどに浮かぶ周囲ニ里ばかりの小島、獄門島。古くは伊予海賊の一味が根城とし、江戸時代には流刑場とされていたと言うこの島は、数十条の断崖絶壁に囲まれ、不気味な威容を来訪者に見せつけている。この島は封建的な古い因習の残る孤島で、島の漁師たちの元締めである鬼頭家の本家「本鬼頭」と分家「分鬼頭」が対立していた。金田一には、彼が息絶える前に残したある言葉が気に掛かって仕方がなかった。「俺が生きて帰らなければ、3人の妹達が殺される……。」そして、金田一が島を訪れたその日を境に、凄惨な殺人事件が次々と巻き起こり始める。

 日本ミステリ・ベストワンの呼び声も高い名作。そのトリックは勿論、時代背景、そして事件を引き起こしてしまう独特のものの考え方、事件を解決するのが西洋を象徴する論理であること(そもそも金田一はアメリカ帰りの探偵である)、すべてが「戦争を挟んだ日本」そのものを描き出していて素晴らしい。更に、単に西洋の文明によって旧態依然の日本が解体されて良かったね、ではなく、滅び行くものへの哀惜の念までも描き出した見事なラスト。まさに日本でしか生まれ得ない傑作です。でも一番の魅力は、事件発生の3条件がものの見事に揃ってしまうドツボ感、運命に対する諦念、そしてすべてを崩壊させる真相の絶望感(おまけに終わってみれば誰も望んでいなかった全滅状態)ですね。この夢も希望もないどん底の絶望感は、ちょっと他に類例のない悲惨さ。

 市川崑によって映画化されていますが、正直言って、あまり出来は良くないです。見立て殺人ものということで、それぞれの死体に例の明朝体を配した画面や、床屋に現れる鵜飼が鏡に映っているところなど、最早絵画の世界に踏み込んだ名場面はあるものの、犯人の変更が原作を超えていないのです。私は、犯人や動機等を変更しても、それが原作を超えて面白ければそれでいいと思うのですが、この作品に関しては残念と言わざるを得ません。原作の持っていた「運命の残酷さ」「運命に弄ばれる人間の儚さ」といったものが感じられず、あの衝撃的な大破局(確かにあまり映像的ではないのですが)が味わえないのは辛い。ですから、映画を見たから読まなくてもいいや、なんてのは大損ですよ。

 そして、既に読んでいるという方には、強く再読をお勧めします。事件そのものについて熟知していても、実に気持ちよく読めるのです。ひとつひとつの言葉遣い、文章のテンポ、美しい日本の文章が堪能できます。なんだかんだ言って、小説というのは「文章」が命なのだと、当たり前のことを再認識できます。なんなら朗読してみてください。とにかく、こればっかりは最近の作家には出せない味なのです。


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