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ダイキチ☆デラックス~音楽,本,映画のオススメ・レビュー

都市のトパーズ

島田荘司  1990年

魂の致命的な敵は、毎日の消耗だ

 私は、自らが獲得したすべての価値あるものたちが、ことごとくその意味を失う年齢にさしかかった……。定年を前に人生に倦み、凡庸な「悪」におかされ、自らの精神も肉体も堕落した私は、ある日、吉祥寺の寺で、トパーズという名の虎の子に出会う。その美しさに魅せられ、自らの内に眠る本能を目覚めさせようと、足繁く通い、愛情を注ぐうちに、やがてトパーズとの間に友情を結ぶ。だが、美しい成獣となったトパーズは、一方で周囲の恐怖をかっていた。周辺住民の苦情が殺到する中、とうとうトパーズは、檻を破って脱走、東京をパニックに陥れる。私は、射殺もやむなしとする警察から、トパーズを守るため、無人の大都市へとバイクを走らせた。

 いわゆる推理小説ではない(ファンタジーかしら)ので、話題になることは少ないが、実はこれこそ最も島田荘司らしい作品ではないかと思う。この主人公の持つ反体制的、反権力的、反現世的な指向が、多かれ少なかれ、他の作品にも表れていると思うからだ。主人公は昭和23年生まれ、バリバリの団塊の世代、しかも著者と同い年である。昭和を駆け抜け、高度経済成長を支えた団塊の世代ではあるが、戦後民主主義にどっぷり浸かり、青臭い左翼思想にかぶれ、そのくせ企業戦士にあっさり転向し、結局は日本に何も残さなかったところから、批判されることも多い。ここに充満している凡庸な世間に対する敵意というか憎悪というか「誰も理解しちゃくれないんだ」感は、若い頃には誰でも抱くもので、定年前になって、まだ、こんなことを言っているという設定が、いかにも団塊っぽいなぁと思う。でも、まぁ、それはいい。私が気になるのは、そこではないのだ。

 気になるのは、本作で敵として登場する警察である。警察が敵として描かれる作品は数多い。硬直した官僚組織、暗躍する公安、そこまでいかなくとも、たいていのミステリでは(恐らくは鑑識を唯一の例外として)アホ扱いである。しかし、ここで描かれる警察は、汚職をしているわけでも無能なわけでもなく、ただ市民の安全を守るために活動しているだけである。それを、こんなふうに描くのは、あまりにも一方的過ぎやしないか。私が公務員だから言うわけではないが、警察官や消防士や自衛官といった人たちは、本当に偉いと思う。そんなに高い給料をもらっているわけでもないのに、「税金で食っているくせに」とか言われ、不況の時には恵まれすぎだと言われ、好況の時には公務員なんて馬鹿が就く職業だと言われ、それでも、彼らは、そんな身勝手極まる他人の命を守るために、自分の命を危険にさらして生きている。そのことが、あまりにも軽視されているのではないか。島田が警察批判のつもりで書いたわけではないことは重々承知しているが、秩序維持に対する一般の無理解が感じられてならないのである。


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