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ダイキチ☆デラックス~音楽,本,映画のオススメ・レビュー

囁く影 HE WHO WHISPERS

ジョン・ディクスン・カー  1946年

霧の街に跳梁するのは血に飢えた吸血鬼か、狡猾な殺人鬼か?

 パリ郊外に住む富豪ハワード・ブルックは、息子ハリーの婚約者であるフェイ・シートンが婚約後も他の男と関係を持ち、更に相手の男の喉に牙の後を残す吸血鬼であるとの噂を聞くに及び、フェイに「この金をやるから息子と別れろ!」と迫ろうとしていた。当時、ブルック家に滞在していたリゴー教授は、私有地内の古塔の屋上で激しく口論していたハワードとハリーを引き離し、頭を冷やすというハワード一人を屋上において塔を下りた。ハリーも冷静になっただろうということで屋上へ引き返してみると、ハワードは何者かに刺されて虫の息!でも、二人が塔を下りてから塔に近寄った者は誰もいない。金がなくなったりと疑問は残るものの警察は自殺と断定。しかし、「犯人は空飛ぶ吸血鬼フェイだべ!」との噂が広まり、ハリーとフェイの婚約は解消された。……そして6年後。歴史学者のマイルズ・ハモンドが司書を募集したところ、応募してきたのがフェイ・シートン!マイルズは6年前の事件を知っているくせに「彼女は潔白だ」とフェイを採用してしまう。しかし、フェイを伴って帰宅した夜、マイルズの妹マリオンが寝室で何者かに襲われ、尋常ではないショックから瀕死の状態に陥る。彼女は、ただ何かが「囁く」と呟くだけであった……。

 カーと言えばグーではなくて、ミステリ黄金時代の不可能犯罪(特に密室)の巨匠ですが、それゆえにハウダニットに興味のない私はあまり読む気になれなかったのです。「どうやって密室を構成したのか?」なんて言われても、「そりゃあ、どうにかしてやったんでしょうよ」としか思えないんだもの。そのせいか世間で評判の高い『火刑法廷』『三つの棺』『ユダの窓』にしても、それほど楽しめなかったので、他の作品に手を伸ばすこともなく、40歳を過ぎてしまったのでした。カーと同じく御三家の一人であるエラリー・クイーンの作品は大学に入るまでに読破していたというのに(ちなみにもう一人のアガサ・クリスティーはあまり好きではないので今後も読破することはないでしょう)。ところが、ひょんなことから『曲った蝶番』を読んだところ意外に面白かったので改めて他の作品を読んでみたところ、意外や意外、面白い作品がたくさんあるじゃないですか。考えてみれば長編だけで71作も書いている(ちなみにクイーンは39作)のだから当然だ。どうもすみませんでした。

 というわけで、本作は吸血鬼伝説を絡めた一作。とは言うものの、吸血鬼の存在について真面目に考察されるわけもなく、登場人物が抱く恐れもフェル博士の「金を欲しがる吸血鬼なんているわけない」の一言であっさり却下。後は頑張って不可能犯罪の謎を追うわけですが、主役のマイルズはフェイを助けるために走り回る(フェル博士はあんまり出てこない)ので、トリック解明よりもヒロインの運命を描くことの方に力が入っているのは明白。読者はトリックなんかに目を奪われ過ぎず、主人公に感情移入して、ドキドキワクワクの冒険を楽しむのがカーの正しい鑑賞法。怪奇趣味やら不可能興味やらよりも、ストーリーテリングのうまさを評価されるべきだと改めて思った次第です。て言うか、カーはラブコメだと思って読みなさい!


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