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ダイキチ☆デラックス〜音楽,本,映画のオススメ・レビュー

死者の微笑

尾崎諒馬  2000年

天が下のよろずのことには時あり

 今、私のテンションはすごく低い。鬱である。これは頭痛と並ぶ私の持病なのである。真面目な人間は鬱になりがちなのである。そんな状態でなかったら、この本をここで紹介しなかったかもしれない。この本は「本格ミステリ」と銘打たれている。確かに、いろんな仕掛けがあるし、普通に読めば本格ミステリなのだろう。こんなに鬱じゃなかったら、「まぁまぁかな」って程度の感想で終わっていた作品だと思う。しかし、本との出会いというものは、不思議な縁であって、読んだ時の気分によって、思わぬ感銘を受けたりするものなのです。

 十数年前に絶筆したものの、医師から癌の宣告を受けたことで、小説への情熱が甦った目黒秀明だが、結局、小説を書き上げることなくこの世を去った。しかし、出版社の編集部には、何故か目黒の死後も全国各地から原稿が送られ続ける。生前、目黒は幽体離脱できると話してはいたが、霊魂となって原稿を書き続け、全国各地から投函していたのか?同じ病院に入院していた鹿野信吾と名探偵の尾崎凌駕が事件の真相に迫る。

 という話で、「作者への挑戦状」、「名探偵への挑戦状」、「読者への挑戦状」と3回も挑戦をかましてくれる嬉しい作りのわりには、本格ミステリとして大きな驚きがあるわけでもないし、衝撃の大どんでん返しがあるわけでもないし、面白くないわけじゃないけれど、まぁこんなもんね、という程度のものなのだ。しかし、主人公である死期の迫った老作家が、いかにして残った命を使おうとするかという部分が、鬱々として楽しまぬ私の心に響いたのである。とにかく、鬱状態というのは自己否定に次ぐ自己否定、一体この世に何の意味があるといった気分に圧し潰されて、酷い時には自殺する気力すら奪われてしまうものだが、この「血みどろ残酷小説作家」と呼ばれ、そのせいで孫がいじめられ、それを理由に筆を折ったとはいえ、かつては一世を風靡したのだから、もうそんなに求めるものもないだろうし、静かに余生を送ればいいではないか、十分幸せではないかと思える主人公の老作家の「生」に対する思い、それを通じて考えさせられる「生きる」ということの意味が、私の脳に重々しくのしかかってきたのである。それはミステリとはまったく関係のない要素で、しかも、ミステリとしてのオチも含めて、ファンタジーに片足を突っ込んでいるのではないかというような気もするのですが、とにかく良いのである。褒めているのか貶しているのか分からない文章になっておりますが、落ち込んでいる人がいたら、そっと差し出してみたくなる本なのです。