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ダイキチ☆デラックス〜音楽,本,映画のオススメ・レビュー

太鼓叩きはなぜ笑う

鮎川哲也  1974年

「太鼓叩き」と書いて「ドラマー」と読む

 鮎川哲也といえば「本格派の驍将」とか呼ばれ、社会派推理小説一辺倒だった時代に、アリバイ崩しの鬼貫警部と密室破りの星影龍三の二大探偵を擁し、一貫して本格推理を書き続けると同時に、アンソロジストとして埋もれた作家に光を当てたり、若手作家を世に送り出したりと獅子奮迅の大活躍をした作家なのですが、私は鮎川の良い読者ではないのです。そもそもアリバイ崩しというのが、私の性に合わない。アリバイというものは、どうせ、どうにかして崩されるものですからね。私は、アリバイ崩しに限らず、ハウダニットに興味がないのです。だんだんと事件の全貌が見えてくるというサスペンスよりも、一瞬にして世界のすべてが様相を変えてしまう爽快感の方を好みます。極端なことを言えば、推理小説は、その瞬間のためにだけあるものだと思っているところがあります。というわけで鬼貫警部ものに乗れなかったのですが、超人型名探偵、星影龍三が登場する非アリバイ崩しの『りら荘事件』にもイマイチ乗れなかったんですね。文章が肌に合わないのか、特有の世界が感じられないからか、好みの問題なので、こればっかりはどうしようもないのです。世間には、「鮎川を理解してくれる、これは!という人に出会ったときに丸ごと渡すために、二冊ずつ本を買っている」という裕福な信者もいるらしいのですが、私は「これは!」って人には到底なれそうもないですわ。しかし、この短編シリーズだけは別です。これだけはニコニコ顔で読むのです。

 数寄屋橋近くの三番館ビル六階にバー「三番館」がある。落ち着いた雰囲気の、いい店だ。少し早い時間に行くと、達磨大師然としたバーテンがひとりグラスを磨いている。常連の私立探偵の「わたし」は、依頼された仕事を持て余すたび、雑学の大家であるこのバーテンに知恵を借りに来る。事件解決までは、酒はヴァイオレットフィズに限ると験を担いで注文し、目下頭を抱えている事件の話をバーテンにすれば、鮮やかな推理が披露されてギムレットが出された時には事件は解決しているのだ。

 個人的に我が国の三大短編シリーズのひとつ(他の二つは泡坂妻夫の亜愛一郎シリーズと、都筑道夫の退職刑事シリーズ)だと思っているのですが、なにしろ随分昔に読んだ作品なので、最後にバーテンが謎を解くことと、バーの名前が三番館っていうことしか覚えておらず、もちろん誰の作品かなんて全然知りませんでした。この軽快な作品が、まさか鮎川作品だったとは、正直、意外でした。というわけで、これは1972年から1991年まで書きつがれた「三番館シリーズ」の第一短編集。最近、創元推理文庫からめでたく復刊され、月一回の発売が楽しみです。全部で六冊出るので、全部読みましょう。