本文へスキップ

ダイキチ☆デラックス~音楽,本,映画のオススメ・レビュー

陽気な容疑者たち

天藤真  1963年

もう一つの理由は、あなたが今日ここにいることです

 『有閑倶楽部』に思いっきりパクられた『大誘拐』岡本喜八監督で映画にもなったのでご存知の方も多いかと……でも原作の方がずっと面白いぞ)で有名な天藤真の長編デビュー作。一般的にはあまり知られていない作家ですし、最も有名な『大誘拐』にしたところで、映画化されたとはいえ、原作者の名前を意識した人なんて全然いないのではないですかね。天藤には『殺しへの招待』『遠きに目ありて』『善人たちの夜』(これは『土曜ワイド劇場』で風間杜夫と田中裕子主演でドラマ化されたことがある!)なんて作品もありますが、この『陽気な容疑者たち』こそが天藤の最高傑作です。この、なんとものんびりした、牧歌的といえばあまりにも牧歌的なムード、これこそがまさに天藤の持ち味。この作品でも、労働組合と経営者の闘争という舞台背景であるにもかかわらずギスギスした感じが全然なく、読後感も実にさわやか。読み終えて温かい気持ちになれるミステリなんて、そうそうありはしません。そんじょそこらに溢れ返っているような、毎度お馴染みのキャラクターが笑えもしないドタバタを繰り広げる(それはそれで面白いときもあるけど)ものとは違う上質のユーモア・ミステリです。こういうのを読まなきゃ、ネェ。

 吉田鉄鋼の強欲社長、吉田辰造は、金があるにも関わらず、家族、親類縁者につらくあたり、徹底的に嫌われていた。労働組合のうるさい自分の会社を解散し、土地を売却しようとしており、役員、従業員からも敵と見なされていた。さすがに身辺を警戒している強欲社長は、神奈川県の山奥の桃谷村に要塞を築いて住んでいたが、その中で心臓発作で死んでしまった。要塞は、三重の厳重な扉、厚い鉄状網、逆木を配した堀、窓は7メートルの高さに一つだけという密室だったので自然死と考えられたが、あらかじめ中で誰かが待ち伏せて殺し、綱を伝って窓から逃げたのだと主張する者が現れる。容疑者たちの目星はすぐについたが、日頃から嫌われ者の被害者のこと、誰が犯人になってもおかしくないほど、すべての容疑者が充分な殺人動機を持っている。事情を知っている警察は、犯人追及にあまり乗り気がしない……。

 この作品は、『大誘拐』でもそうでしたけれど、いわゆる「田舎」で起きる事件なのに、田舎を舞台にしたら並ぶ者なしの大家(?)横溝正史の作品とはまるで違う肌触りを持っています。別に岡山県が悪くて神奈川県が良いということではなく、その描き方がまるで違うのです。狭くて真っ暗なイメージで息苦しささえ感じさせる横溝、真っ青な空が広がっているイメージを喚起する天藤。横溝の「田舎」は閉塞的なイメージで「因習」の象徴となり、天藤の「田舎」は開放的なイメージで「純朴」を象徴している、なんて言うとカッコよすぎますか。こんなもっともらしい分析は、このサイトらしくないですか。そうですか。まぁ、たまにはいいでしょう。とにかく必読の傑作です。ラストシーンの情景はいつまでも心に残ります。こういうのを名シーンというのだ。


メニュー

  1. トップページ
  2. 特選名曲
  3. 特選名著
  4. 特選名画
  5. ヴァイブの殿堂
  6. PROFILE
  7. BLOG
  8. BBS
  9. LINK

おすすめ情報