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ダイキチ☆デラックス~音楽,本,映画のオススメ・レビュー

名探偵に薔薇を

城平京  1998年

真実と向き合う意味はどこにある

 多数の新聞社や雑誌編集部に『メルヘン小人地獄』と言う童話が送付された。それは、途方もない毒薬を作った博士と、毒薬の材料にされた小人たちの因果を綴る、おどろおどろしい童話だった。その一月後、藤田家で『メルヘン小人地獄』になぞらえた連続殺人事件が発生する。更に同家の娘が、第三の犠牲者として名指される。惨劇を食い止めるため、娘の家庭教師が連れてきた人物こそ、最強の切り札にして生まれながらに名探偵の宿命を持つ瀬川みゆきだった。

 奇怪な創作童話がマスコミ各社に届き、その童話をなぞったような死体が発見されるという「1部 メルヘン小人地獄」から、その事件が、2年も経ってから新たな事件を引き起こすという「2部 毒杯パズル」へと展開する第8回鮎川哲也賞最終候補作。ちなみに、この時の受賞作は谺健二の『未明の悪夢』だったのですが、これは阪神・淡路大震災をネタにしていたから賞を獲れたんじゃないかと私なんかは思うわけですが、オチに先行事例があったことが、受賞に至らなかった理由であろうとも言われています。作者は先行事例を知りながら、それでも真相に辿り着けないように工夫して書いたとのことですが、同じネタというだけで評価が一段下がってしまうのはミステリ界の常ですから仕方がないのですかね。だからと言って読まないと大損してしまう傑作です。

 実際、同じオチでも、これほど受ける印象が違うのか、と感心します。当然ながら、ここで、その先行作品のタイトルを明かすわけにはいかないので、興味のある人はリンク先を見ていただきたいのですが、この先行作品、実に後味が悪いのです。ハッキリ言ってムカつきます。何がムカつくかと言うと、現実に対する探偵の姿勢、態度です。この探偵さんは、我が国でも屈指の有名探偵なのですが、ああいう態度を、いけしゃあしゃあと取れるというのは、くそったれ以外の何者でもありません。しかも、それを普通だと思っているのが虫酸走りまくりです。人間は誰だって、自分一人だけで存在しているわけではなく、周囲にいろんな影響を与え、また、周囲からいろんな影響を受けて、今を生きているのです。そうして世界は成り立っているのです。本格ミステリに登場する名探偵なら、そんなこと百も承知のはずなのに、ああいう態度しかとらないというのはどういうことなのでしょう。そして、名探偵を悪役として描いていないことから考えて、作者である某大家も、そこまで深い物語を構築する気はなかったのでしょう。それにひきかえ、本作の探偵は実に立派です。そして、立派であるがゆえに途轍もなく哀しいのです。人としての、特に名探偵ゆえの哀しみを描いているという点において、同じオチを使っていても、あんな結末にしか持っていかなかった先行作品とは大違いなのです。


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