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ダイキチ☆デラックス〜音楽,本,映画のオススメ・レビュー

巷説百物語

京極夏彦  2003年

「御行奉為(おんぎょうしたてまつる)」

 京極の最高傑作は『魍魎の匣』だと思っていましたが、訂正いたします。これです、最高傑作は。舞台は江戸時代末期の天保年間。怪異譚を蒐集するため諸国を巡る戯作者志望の青年・山岡百介は、雨宿りに寄った越後の山小屋で不思議な者たちと出会う。御行姿の男、垢抜けた女、初老の商人、そして、なにやら顔色の悪い僧。長雨の一夜を、江戸で流行りの百物語で明かすことになったのだが……。晴らせぬ恨み、あちら立てればこちらの立たぬ困難な問題、闇に葬られる事件の決着を金で請け負い、妖怪になぞらえて解決する御行一味。偶然彼らの仕掛に巻き込まれた百介は、その裏世界に足を踏み入れてゆく。小豆洗い、舞首、柳女……彼らが操るあやかしの姿は、人間の深き業への裁きか、弔いか……。

 小股潜りの又市たち小悪党どもが、江戸の世を舞台に悪党を退治し、どうにも立ちゆかない事態を「妖怪」のしわざとして収める……決め台詞「御行奉為」がかっこよすぎ。京極は、難事件を「妖怪」と名づけて払い落とす京極堂シリーズの「裏返し」だと言っていますが、物語と妖怪の密着度は、こっちの方がはるかに上。そもそも京極堂シリーズには、妖怪についての薀蓄が、推理小説としての作品に絶対必要な要素とは思えない(だから飛ばして読んでもOK)という決定的な弱点がありますからね。この物語を読むと、いわゆる西洋的近代的合理主義が否定してきた非合理的、非科学的なことどもが、人間の心の安定にいかに必要とされていたか、そして、それがどんなに豊かなことだったかということがよく分かります。身も蓋もない真実を白日の下に引きずり出し、それまで(それがどんな形であれ)保たれていた秩序を木っ端微塵に破壊して去っていく無責任な名探偵たちへの強烈な皮肉にも読めますね。

 『北斗の拳』でケンシロウがラオウを倒した後、本当に平和が訪れたと思いますか?ラオウの暴力による秩序を破壊するなら、それに代わる平和的秩序建設のプログラムを示さなきゃ、本当に責任ある態度とは言えませんやね。しかし、ラオウがいなくなった後に人々が求めるのは、新たな、よりマシな支配者でしかないのであって、真の自立なんかできっこないんです(ここが民主主義の落とし穴)。そういうふうに考えると、事件の解説はするけれど、力ずくで真実を暴いたりせず、すべてが納まるべきところへ納まるのを見届けるだけ(だから犯罪阻止率最低)の金田一耕助こそ、探偵として真に誠実な存在だったのかもしれません(破壊者としての探偵という、これまた身も蓋もない真実を曝したのが、超探偵榎木津が主役を務めるシリーズ『百器徒然袋−雨』『百器徒然袋−風』のような気がするのは私だけ?)。まぁ、そんな小難しいことはともかく、京極作品の分厚さに恐れをなしていた人でも、これなら程々の厚みで大丈夫です。続編の『続巷説百物語』『後巷説百物語』も併せて読みましょう。


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