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ダイキチ☆デラックス~音楽,本,映画のオススメ・レビュー

ニッポン硬貨の謎 エラリー・クイーン最後の事件

北村薫  2005年

なぜ『シャム双子の謎』には「読者への挑戦」がないのか?

 出版社の招きで来日した推理作家で名探偵のクイーン氏は、東京で発生していた連続幼児殺害事件に関心を持つ。一方、大学のミステリ研究会に所属している小町奈々子は、アルバイト先の書店で、毎週土曜、同じ男から50円玉20枚を千円札に両替するよう頼まれるという奇妙な出来事に遭遇していた。ひょんなことからクイーン氏を上野動物園へ案内することになった奈々子は、そこで幼児誘拐事件に巻き込まれる。すると、クイーン氏は連続殺人と両替事件の意外な関連性を見出して……

 エラリー・クイーンの未発表長編『THE JAPANESE NICKEL MYSTERY』を、北村薫が翻訳したという体裁の、まさにクイーンファンの、クイーンファンによる、クイーンファンのためのパスティーシュ。ところで、私は北村薫の良い読者ではない。いわゆる「日常の謎」派が好きではないのです。だって日常の中で、ふと気になった些細な謎なんてものに興味なんかないもの。それが大事件の発端だったというのならともかく、最後まで大した広がりもなく進んで、なんとなく「いい話」的にこじんまり終わるなんて話を読みたいか?誰が紅茶に砂糖を何杯入れようが知ったことではないぞ。そんなもんに付き合ってられるほど暇じゃねえんだ。というわけで、作家としての北村薫を大して評価していない私ではあるが、この作品は気に入りました。推理作家、若竹七海が実際に遭遇した両替事件(これの解答として寄せられたものを集めたのが『競作 五十円玉二十枚の謎』)に、北村のクイーン論を合わせて小説化したものです。

 ただ、これ、小説としては、どうなんでしょう。確かに面白くはあるのだけれど、クイーン論の部分が突出しすぎていて、全体のバランスが非常に悪い。第6回本格ミステリ大賞を「評論・研究部門」で受賞したことが示すように、小説としての評価は少々低くならざるを得ないのではないか。だってねぇ、クイーン作品のほとんどを読んで(覚えて)ないと理解できないですよ。天下のクイーン作品も、最近では創元推理文庫から出ている初期作品はともかく、ハヤカワ文庫HM(旧 ハヤカワ・ミステリ文庫)が出していた後期作品は多くが絶版(おまけに当分重版の予定はないらしい。恩知らずの早川書房め!)なので、若いミステリファンでも、全部読んだ!という人はほとんどいないのではないかしら。クイーン知らずの人が楽しむのは辛いし、創元から出た北村の作品だからって、円紫さんシリーズの愛読者が手に取ると大火傷してしまいそうです。北村のオタク臭に引いてしまうかもしれません。実際、気持ち悪いと言われても仕方ないほどのオタク臭がぷんぷんしていますが、小説や解説やアンソロジーなんかで見せる柔らかそうな物分りのよさそうな優しそうな顔の裏に隠されたどす黒いオタクの本性が見られるという点で、実に貴重な作品であると言えるでしょう。

 ところで、北村のクイーン論ですが、実は、まだ続きがあるそうです。本作では、論文の前半、『シャム双子の謎』と「読者への挑戦状」に関する部分が使われていますが、論文の後半部分は、ライツヴィルものなど中期作品以降に表れるねじれ現象について論じられているそうです。論文自体が未完成らしいのですが、なんとか完成させてもらって、いっそ前半部分も加筆して、併せて発表してもらいたいものです。無理に小説の形なんかにしなくていいから。


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