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殺された天一坊

浜尾四郎  1929年


御奉行様のお顔色は全く死人の色のようでございました

 あの北村薫が編纂にいっちょ噛んでいた創元の『日本探偵小説全集』。江戸川乱歩集、横溝正史集といったものから、夢野久作集、小栗虫太郎集、久生十蘭集など、さすが東京創元社といった端正なシリーズ12冊の中でもマニア向けの一冊が、この浜尾四郎集。他の作家達と違って浜尾の作品はこの文庫本でしか読めない(と思うぞ)。浜尾の作品で最も有名なのは「運命の相似三角形」でお馴染みの長編『殺人鬼』で、もちろんこれも収録されています。『殺人鬼』は、あの土曜ワイド劇場で『昭和7年の姦通殺人鬼 血に染まった函館』としてドラマ化され(昭和55年12月20日放送。もぉ20年前ですか……)、主演の片岡孝夫(今の仁左衛門ね)と仲谷『カノッサの屈辱』昇の重厚な演技が幼い私を魅了したのでした。あの重厚としか言いようのない雰囲気は土曜ワイド劇場でも屈指の名作。現在では望むべくもないハイクオリティな作品ですので、再放送の機会があったら、絶対に逃さないようにしてください。

 それはさておき、この「殺された天一坊」。作品としては『殺人鬼』を遥かに凌駕しております(探偵小説的な面白味という点では確かに劣るのですが……)。検事を経て弁護士となったという推理作家としては変り種の浜尾は、その職業柄か、「人が人を裁くことの限界」をテーマにした作品を多く残しております。この作品は、その中でも最高傑作と名高い珠玉の短編です。自らを将軍の落胤であると称したが、名奉行大岡越前守に偽者であることを喝破されお仕置きになった天一坊事件。これを題材にし、天一坊事件を裁くことになった大岡越前守の立場から、裁く者の限界を厳しく突いた短編で、何度読んでも背筋が冷たくなる名作です。……立派な裁きで名高い大岡越前は、相次ぐ冤罪で自信を失いかけるが、人々の盲目的な信仰という力を知り、自信を取り戻す。「悪人だから処刑になるのか、処刑になるから悪人なのだか、判るか」。徳川吉宗の落胤だと主張し、世間を騒がせた天一坊を「天下の御為」に裁くが……。天下の大悪党、天一坊の真の姿とは?……

 文庫本でもたった21ページしかないこの作品のテーマの何と重いこと。ああ文学。こういうのが、本来の意味での「社会派」なのではないでしょうか。裁判員裁判も始まった昨今、浜尾の作品は、もっともっと読まれてしかるべきですね。さぁ迷わず買いなさい。読みなさい。酔いなさい。それにしても、これを加藤剛に演ってほしかったなぁ。


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