ダイキチ☆デラックス~音楽,本,映画のオススメ・レビュー

ダイキチデラックス

貴婦人として死す SHE DIED A LADY

カーター・ディクスン  1943年


一見ありふれた心中の裏には根深い謎が秘められていた!

 私(リューク・クロックスリー医師)は、友人の老数学教授アレック・ウェインライトの20歳も年の離れた若妻リタから、衝撃的な告白を受けた。彼女はバリー・サリヴァンというアメリカ人青年と不倫をしているというのだ。私は、彼女の精神が休まるように睡眠薬を与えるのが精一杯だったが、いつか大きな破局が訪れるのではないかと気が気ではなかった。そんなある夜、私はアレックから自宅への招待を受けたのだが、いつものようにラジオにかじりつき、戦況を伝えるニュースに聞き入るアレックを置いて、リタとバリーは屋敷を出て行ってしまう。二人の行方を捜した私は、岸壁へと続く二筋の足跡を発見する。二人は恋に悩んだ挙句、飛び降り自殺したのだろうか?しかし、私には、どうしても二人が心中するタマとは思えなかった。果たして翌日、二人の死体が海岸に打ち上げられるが、溺死でも墜落死でもなく、近距離から拳銃で心臓を撃ち抜かれていたことが判明する。しかも、凶器の銃は崖からはるかに離れた場所で発見された。しかし、岸壁には二人のものと思われる片道の足跡しか残されておらず、第三者が関与した形跡はまるでない。かくして不可能犯罪と化した事件は、当地に逗留していたヘンリー・メリヴェール卿(通称H・M)のもとに持ち込まれた。

 本作は、主人公であるクロックスリー医師の手記という体裁で始まりますが、得意のオカルト風味はなく、ひたすら足跡の謎に迫ります。この足跡の扱い方も見事で楽しいのですが、実はそんなことなんかどうでもよく、この手記がある場面で突如ごにょごにょして、あのことが明らかになる(どんなことかは読んでのお楽しみ)時に受ける衝撃の方が重要。たった一人で他殺説を唱えて孤軍奮闘するパーフェクト「いい人」の主人公に思いきり感情移入して読み進んでいると、問題のページで思わず「えっ」と声を上げてしまいます。ちょっとネタバレしますが、この主人公が実はいい人じゃなかったというオチではありませんよ。ミステリで手記が出てきたら、大抵の場合「あの仕掛け」があるものと怪しんで読み進めると思いますが、それとは全然違うタイプの衝撃です。「犯人の隠し方が素晴らしい」と評されることの多い本作ですが、真相暴露の瞬間の衝撃こそが本作の最も優れたところ。いやぁ、こんな書き方があるのかと感心も得心も致しますよ。カーの作品中、あまり大きく取り上げられることはないですが、読み逃すと大損の傑作です。

 というわけで、カーター・ディクスンは、ジョン・ディクスン・カーの別名。契約の関係で、今までとは別の出版社から本を出すことになったカーでしたが、その出版社はカーの知名度を利用して売上を稼ぐため、勝手にほとんど同じ名前のペンネームをでっち上げたのでした。もっとも、出てくる探偵のキャラもほとんど同じ(カーはG・K・チェスタトンをモデルにフェル博士、ディクスンはウィンストン・チャーチルをモデルにヘンリー・メリヴェール卿を創造……どっちもデブ爺)だし、内容も大して変わらないのですが。ところで、本作でのH・Mは、足の親指をくじいたとかで電動車椅子に乗って登場し、ブツブツ言いながら大暴走するのですが、ブレーキの壊れた自転車に乗る(そして派手にクラッシュする)金田一耕助というのは、これのパロディかも知れません。


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