ダイキチ☆デラックス~音楽,本,映画のオススメ・レビュー

ダイキチデラックス

奇想、天を動かす

島田荘司  1989年


鹿賀丈史は吉敷のイメージじゃない!

 未読の人は、今すぐ読んでください。とにかく大傑作。文庫版の表紙が気持ち悪いけれど大傑作。内容に沿った絵だし、文字だけなんていう味気ないものよりはいいのだけれど、それでも、この真ん丸赤鼻と眠そうなペギラ眼はなんとかならなかったのか。戯画化されていないリアルな絵だから、気持ち悪いったらありゃしない。この表紙を描いたのは、光文社文庫の吉敷竹史シリーズをずっと担当している村山潤一という人だけれど、いつものように美女を描こうと思ったら、爺と婆しか出てこないので、仕方なくピエロにしたのだろうなぁ。

 消費税が導入されて間もない平成元年、浅草の商店街で不可解な殺人事件が起こった。浮浪者風の老人が、消費税12円を請求されたことに腹を立て、乾物屋の女主人をナイフで刺殺したのだ。当初、この消費税殺人は突発的なもので、ボケ老人のしたこととして処理される運びだった。だが、老人は氏名すら名乗らず完全黙秘を続けている。この裏には何かがある。警視庁捜査一課の吉敷竹史は、懸命な捜査の結果、30年以上前に北海道で起こった列車内死体消失事件にぶつかった。そして、ついに明らかになる、過去数十年に及ぶ巨大な犯罪の構図……!

 本格推理と社会派推理、更には幻想味とを見事に融合させ、壮大なスケールで描かれる島田荘司の最高傑作、本作で島田ミステリは頂点を極めた……と思うのですが、島田ファンにしてみれば、愛憎半ばする作品ともなっています。というのは、この作品を境にして、島田が、どんどん変な方向へ走って行ったように思えるからです。本作が発表された1989年というのは、島田作品の流れが大きく変わる年でした。同年に『本格ミステリー宣言』を出してファンを喜ばせたかと思ったら、御手洗潔シリーズは、1988年の『異邦の騎士』を経て、1990年の『暗闇坂の人喰いの木』から大作路線へ移行、吉敷シリーズも、本作から社会派の色が一層濃くなっていきます。ノンシリーズものでも、ユーモアミステリやハードボイルド等、広い作風で楽しませてくれていた(これまた傑作の「糸ノコとジグザグ」が収録されている『毒を売る女』は1988年)のが、1990年の『都市のトパーズ』以降はパッとせず、島田作品の刊行ペースはガタ落ちになります。どうやら、これは島田が冤罪事件に興味を持ちすぎたからのようで、1994年には『秋好事件』というノンフィクションまで手掛けています。

 頂点というのは分水嶺でもあったわけで、なんて言うんですか、知り合いが変な宗教に凝りだして、今では皆が寄り付かなくなっているけど、今にして思えば、あの頃、お香だのなんだの買い出していたのが変といえば変だったのよ、あの時皆で止めておけば今頃こんなことには……なんて愚痴を言っている近所のおばさん(48歳)みたいな感じですか。残念ながら、この後の島田作品に見るべきものはなく、私も新刊を追わなくなって久しいのであります。


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