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ダイキチデラックス

霧越邸殺人事件

綾辻行人  1990年


大学の推理小説愛好会なら、こんな風な作品も通用するだろうけど

 綾辻行人の最高傑作といえば、これはもう間違いなく『安楽椅子探偵』シリーズ(有栖川有栖との共作ですが)。関西ローカルで深夜放送という、まるで笑福亭鶴光の『おとなの子守唄』みたいな番組で、2週連続してテレビの前に座ってなきゃいけないという過酷な放送形態だったにもかかわらず、全国的に話題になったのは凄いことですね。放送されないエリアの人が、関西方面の友人に録画を頼むなんてのは序の口で、放送を見るために関西まで泊りがけでやってくる人までいたというのだから、オタクというのは恐ろしいです。制作費を安く上げるためなのか、犯人を分かりにくくするためか、小さな劇団員がメインキャストになっていました。ああいうキャスティングだと、土曜ワイド劇場みたいにテレビ欄を見ただけで犯人が分かるというようなことがなくていいですね。第2弾『安楽椅子探偵、再び』では制作費が倍増したのかなんなのか、有名どころが出まくっていて、被害者なんかアイドル山口紗弥加ですよ。まだギャラが安いのかな。それはさておき、綾辻の最高傑作として、この『霧越邸殺人事件』を挙げるのは、どなたにも異論のないところでしょう。

 或る晩秋、信州の山深き地で猛吹雪に遭遇した、劇団・暗色天幕のメンバー8人。彼らは、忽然と現れた謎の洋館「霧越邸」に逃げ込むことにより、命からがら助かった。しかし、彼らは、謎めいた住人達の冷たい対応に戸惑い、館内での不可思議な暗合に戦慄する。何故か、劇団メンバーそれぞれの名前を暗示するような調度品が置かれていたのだ。その物品が壊れると、同じ名前を持つメンバーが次々と殺されていく。そして、殺人事件の現場には、何故か北原白秋の詩集が……。外界との連絡が途絶えた邸で、彼らの身にデコラティブな死が次々と訪れる!密室と化したアール・ヌーヴォー調の豪奢な洋館で発生する奇怪な連続見立て殺人の犯人は誰か?館に潜む「何物か」の驚くべき正体とは!?

 文句なしに綾辻最高にして最後の傑作。恐らく、これを超える作品を書くことは出来ないでしょう。私が、この作品を高く評価するのは、綾辻の「本格=雰囲気論」の見事な実践になっていると思うからです。この濃厚な雰囲気を醸し出せた時点で、綾辻の勝利なのです。もちろん、最後に現れるあいつは一体何なんだとか、いくらなんでも御都合主義が過ぎるだろうとか、今時こんな陳腐な動機はないだろうとか「?」なところも多々ありますけれどね。ちなみに冒頭の「大学の推理小説愛好会なら、こんな風な作品も通用するだろうけど」というのは、野坂昭如が本作を吉川英治文学新人賞選考会で落としたときの選評で、「いや、無理じゃないか、ただ混乱してばかりのディテールを並べ立て、さて全体を見直せば、「密室」をオモチャにしただけのこと。」と続きます。否定はできませんよね。


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