ダイキチ☆デラックス~音楽,本,映画のオススメ・レビュー

ダイキチデラックス

狂い壁狂い窓

竹本健治  1983年


虻・蚤・蚕・蚊・蛆・蛬・蛭・蛾・蜂・蚋……

 何故か新本格好きにカルト的な人気を持つ竹本健治ですが、それほど大した作家であるとも思えないのです。『囲碁殺人事件』『将棋殺人事件』『トランプ殺人事件』のゲーム三部作は、そこそこ面白かったけれど、取り立ててどうこう言うほどのものでもないし、『黒死館殺人事件』『ドグラ・マグラ』『虚無への供物』の三大奇書に並び称されるデビュー作『匣の中の失楽』にしたところで、訳が分からんだけで面白味も衝撃も感じなかった。もともとアンチミステリだかメタミステリだか知りませんが、ある意味エンタテインメントであることを放棄したような作風が嫌いだということと、ハッキリくっきりした解決が見られない幻想風味の作品に惹かれにくいという私の好みのせいかも知れないのですが、竹本というのは、『ウロボロスの偽書』『ウロボロスの基礎論』『ウロボロスの純正音律』シリーズのようなメタ小説も書けば、ゲーム三部作の牧場智久と『殺人ライブへようこそ』の武藤類子がコンビを組んで主役を務める『凶区の爪』『妖霧の舌』『緑衣の牙』三部作みたいな軽すぎてどうしようもない作品も書いていて、どこに本領があるのかサッパリ分からない、誠に厄介な作家です。そんな竹本作品の中で、私が唯一、心を動かされたのが本作です。

 東京・大田区の高台に「樹影荘」という古びた洋館があった。かつて産婦人科病院として建てられたもので、かたわらには鬱蒼とした樫の大木が生えていた。築60年近くになる「樹影荘」にいつとなく奇妙なことが起こるようになった。夥しい虫が壁から無数に湧いてくるようになり、窓の外ではガサガサ物音がひびく。部屋を覗く蝋面、投げこまれたマネキンの首、トイレの血文字、廊下の血痕、中庭に埋められた屍体。やがてどこからともなく、床を踏むかすかな軋みが6組の住人に襲い掛かる……血塗られた洋館と住人たちの過去が、今、暴かれる!

 この本を読んでいると、真夏に冷房の効いていない混雑した電車に座っていたら、隣に無理やり太ったオバハンが乗ってきて、ノースリーブで疱瘡の予防接種の痕もバッチリ残ったボンレスハムみたいな腕が押し付けられてくるといった情景が、嫌でも頭に浮かんできます。まとわりつくような、汗ばむような、ねちゃこくて鬱陶しくて不快指数が高まるような文章(貶しているのではありませんよ)こそ竹本の真骨頂なのではないかと思う次第です。著者自身が「相当濃い作品に仕上がっている」と言っているくらいですし、竹本エキス濃縮還元100%というところでしょうか。これなら、うるさ型のミステリファンにも安心して薦められます。とか言いながら、実は、『ウロボロスの偽書』の作中作「トリック芸者シリーズ」が、ひょっとすると最高の代表作なのかもしれないとか思ったりもするのですが、まぁ、そこはそれ。


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