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ダイキチデラックス

蠅男

海野十三  1937年


また帆村 少々無理な 謎を解き

 ある寒い冬の朝。グレート大阪の南部、住吉区の帝塚山一帯を異様な臭気が襲った。それは「奇人館」と呼ばれる邸宅の煙突から漂ってくるのであった。ある事件の調査のため大阪に来ていた青年探偵、帆村荘六は、鹿谷門美に先を越されてはならじと地元警察とともに見物に出かけ、大暖炉の中に半焼けの死体を発見してしまう。その頃、同じく住吉区天下茶屋に住む大富豪、玉屋総一郎宅には、羽も足も毟り取られ、下腹部を鋭利な刃物で斜めに切り取られた蠅の死骸が同封された「蠅男」からの殺人予告が届いていた。ビビった玉屋は、窓をすべて内側から羽根布団とトタン板で釘付けにしたうえ、書棚や戸棚で完全にふさいだ書斎に引きこもる。一升枡程度の空気穴以外は外と通じておらず、周囲は警察の鉄壁の警備に守られた、ほぼ完全な密室である。同様の脅迫状を奇人館で発見した帆村も玉屋邸に赴くが、そこには、書斎の天井からぶら下がる玉屋の死体が待っていた。帆村は密室殺人のトリックを暴き、怪人「蠅男」を捕えることができるか?

 日本SFの先駆者、海野十三の代表的長編ミステリ。ジョルジュ・ランジュラン原作、カート・ニューマン監督の名画『ハエ男の恐怖』より20年も早いぞ。海野のお抱え探偵、帆村荘六が登場しますが、それにしても、シャーロック・ホームズをもじって「ほむら そうろく」なんて恥ずかしくなかったのかしら。エドガー・アラン・ポーをもじって江戸川乱歩というのもそうですが、自分の筆名やお抱えの名探偵の名前を付けるのに、『アイアンマン』『アーンイヤーンマン』みたいな、そんなAVの邦題みたいなセンスで臨むなんて、ちょっと正気の沙汰でない気がするのですが、どんなものなのでしょう。もっとオリジナリティを主張してもいいような気がするのですがねぇ。もっとも、最近じゃポーと乱歩の関係を知らないどころか「ポーって誰ですか」なんてヤングも増えているようですが。

 それはさておき、ナントカ男なんて乱歩の通俗長編を想起させるタイトルですが、乱歩と違って、『鋼鉄ジーグ』か『ジョジョの奇妙な冒険』第5部「黄金の風」に出てきたチョコラータ(スタンドは、あらゆる生物を朽ち果てさせる食人カビを撒き散らす「グリーン・デイ」)かというような正真正銘の怪人が登場します。なにしろ密室の状況から導き出される犯人像は「約14.85センチ四方の穴を自由に出入りできる身長約2メートル40センチの怪人」という、あんまり蠅っぽくないスペック。一体、どんなトリックを使ったのかとワクワクしながら読んでいると、背負い投げを食らってしまいます。とにかく、この真相は酷い。酷いというのは当然褒め言葉なのですが、こんな真相を喝破できる奴がいたらお目にかかりたい。帆村探偵が登場する作品にはノーマルな脳みそでは思いつかないトリックが使われているものが多くて、「また帆村 少々無理な 謎を解き」と揶揄されるくらいですが、「少々無理」どころか無茶苦茶もいいところで、ディクスン・カーの「密室講義」なんかバカバカしくて読んでいられないほどの衝撃。真面目な人は怒り出すかもしれませんが、活劇要素も満載で、是非、最新のCG技術で映像化してほしい大傑作です。


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