ダイキチ☆デラックス~音楽,本,映画のオススメ・レビュー

ダイキチデラックス

名探偵もどき

都筑道夫  1980年


知る人ぞ知る「もどき」シリーズ第1弾

 都筑道夫の多様な作品群の中で、敢えて大して有名でもなく、比較的軽い出来の本作を紹介するのは、この軽さこそが都筑道夫の真骨頂と信じて疑わないからです。どうも、この人の書く本格ものはケレンが少ないというか、仕上がった作品に華がない気がするのです。自らが提唱したモダーン・ディテクティブ・ストーリーの実践編である物部太郎シリーズ三部作『七十五羽の烏』『最長不倒距離』『朱漆の壁に血がしたたる』あたりが典型的かと思うのですが、カチッと作られている気はするけれど、いまいち見た目の派手さに欠ける。実は凝りまくって作ってあるのだけれど、外から見ただけじゃ全然気がつかない。例えて言うなら、見た目はごくありきたりだけれど、凄く良く作ってある時計、都筑道夫の作品というのは、そんな感じがするのです。そんなわけで、本格長編はキャッチーさに欠け、損している気がします。むしろ、こんな軽妙洒脱な作品にこそ、都筑の本領が発揮されているのではないでしょうか。

 バー「伊留満」を経営する若夫婦、茂都木宏・蘭子夫妻。夫婦仲は円満、夫は店のカウンターに入っていると、女性客が普段より少し長居する程度の美男子。しかし、夫には奇妙な癖があった。じつはこのダンナ様、ミステリ好きが高じて、時々推理小説の主人公になりきってしまうという悪癖が……。あるときは気障なニック・ヴェルヴェット、またあるときはホームズ、ポアロ、マーロウ、コロンボ、金田一、ルパン(三世ではない)、メグレ……。残念ながら能力が伴うわけではないので空回りする事の方が多いのだが。 8人の名探偵及び怪盗がチョイスされた短編集。原典をあまり知らない人にも面白く、知り尽くしている人にはもっと面白い名探偵パロディ・シリーズ。

 私は残念ながらニック・ヴェルヴェットを知りませんでした。サム・ホーソーン医師シリーズでおなじみ、エドワード・D・ホックが生んだプロの雇われ泥棒で、どのように盗むのか、そして、依頼人はなぜ価値のなさそうなものに大金を払うのか、という2つの興味で読ませるシリーズだそうです。それはさておき、こういうパロディにこそ、元ネタの咀嚼具合から文体模写まで、都筑の器用さがハッキリ見て取れるのではないかと思うのです。本作の発表後、女嫌いの吉原遊女屋の若旦那が、半七、人形佐七、銭形平次、むっつり右門、若さま、顎十郎に扮して捕物帳ごっこをやる『捕物帳もどき』、鞍馬天狗、座頭市、丹下左膳、木枯らし紋次郎、眠狂四郎、藤枝梅安といったヒーローを幕末・明治に再生させる『チャンバラもどき』(江戸東京遊所案内のおまけつき)と連作短編パロディシリーズを発表していて(「名探偵」、「捕物帖」、「チャンバラ」はそれぞれ独立しています)、著者もノリノリで書いていたのだなぁと思われます。


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