ダイキチ☆デラックス~音楽,本,映画のオススメ・レビュー

ダイキチデラックス

退職刑事

都筑道夫  1973年~


論理のアクロバットとは屁理屈である

 貧しかった学生時代(今も貧しいけれど)、家の近くに図書館があったのは幸運だった。文化首都などと偉そうに名乗っているくせに、実は、ただ寺社が多いだけで文化的にはお寒い限り、図書館行政も遅れていると言われている京都市において、市内最大の公営図書館が自宅から徒歩3分の場所にあるというのは奇跡的なことです。そこには何故か都筑道夫の本がたくさん置いてありました。新本格の隆盛なんて夢にも思わない社会派全盛時代に、ああいうラインナップを揃えていた図書館のスタッフというのは、マニアが嵩じて気が狂っていたか、何も考えていなかったかのどちらかだろう。しかし、とにかく社会派があまり好きになれなかった私は、これ幸いと図書館で都筑作品を借りまくったのでした。そして、これこそが本格推理なのだなぁと、今にして思えば少々勘違いも入った感慨を抱いたものなのだが、そんなわけで、都筑道夫は私の中では、かなり特異な位置を占める作家なのである。

 かつては硬骨の刑事、いまや恍惚の刑事となった父は、現在は跡を継いで刑事となった長男・五郎夫婦と同居中の隠居老人。現役刑事の息子から事件の話を聞くことだけが楽しみである。ところが、五郎が事件の不思議……女がブラジャーとパンティだけの姿で死んでいたのは何故か。男はジャケットやスーツの上着を2着も抱えて何をしていたのか。被害者の爪が半分だけ切られていたのは何故か。冬のさなかの海岸で殺された女は何故水着姿だったのか。死体の顔に般若の面が被せてあったのは何故か。死の直前の「畜生、雨がふっていたらなぁ」という言葉の意味は何か。死体の額に逆さまに貼ってあった40円切手の意味は何か。雨の降りそうな夜に線香花火を買いに行ったのは何故か……を語りだすと、現役時代の冴えを取り戻し、大きな目をぎろりとむきながら、思いもよらぬ真相を導き出してくるのだった。

 というわけで、鮎川哲也の三番館シリーズ泡坂妻夫の亜愛一郎シリーズと並んで、本邦三大ミステリ短編集の一つである名作シリーズで、連作短篇としては日本初のアームチェア・ディテクティブ(安楽椅子探偵)もの。作者の分身、退職刑事の知人の推理作家椿正雄も登場します。『なめくじ長屋』シリーズの方を代表作に挙げる人が多いけれど、あれは、純粋な謎解き物から江戸情緒を味わう作風に変わってしまったのが気に入らない。都筑が『黄色い部屋はいかに改装されたか?』で批判していた捕物帳の罠に自ら嵌ってしまったのが興味深いと言えば興味深いのだけれど、純粋に謎解き(と言うよりは、都筑お得意の屁理屈の捏ね回し)を楽しみたいのなら、こちらのシリーズの方が断然お薦めである。


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