ダイキチ☆デラックス~音楽,本,映画のオススメ・レビュー

ダイキチデラックス

浅草エノケン一座の嵐

長坂秀佳  1988年


乱歩賞史上、空前絶後の話題作

 平成元年の乱歩賞受賞作。乱歩賞なら面白くないだろうと思うのが普通のミステリファンですけれど、これは違うぞ。天才・長坂秀佳が書いているのだから面白くないはずがない。ガチガチの本格推理ではないけれど、瑣末なことはどうでもいい!と一蹴できるだけのパワーのある超一級の娯楽作。

 エノケンがエノケンを殺した!?昭和モダニズムの哀切な施律と、軍靴のひびき。日中戦争の影がさす昭和12年。当代一の喜劇王、エノケンこと榎本健一は「エノケンが殺された」というニュースに大きなショックを受ける。当時、ニセエノケンは9人いたが、殺されたのは、浅草で人気を集めつつあった劇団の座長、江の田軒助。健一も認める才能の持ち主だった。ところが、殺人容疑が本物のエノケンにかかってしまう。エノケン(本物)は、親友のロッパ、弟分のシミキンとともに三重密室とアリバイの謎に挑むが、それを嘲笑うかのように第二、第三の殺人が……。

 実際、ぐいぐい読ませる極上のエンタテインメントなのだけれど、推理文壇では異様に評判が悪い。由良三郎以外に褒めている人を見たことがない。この時の選考委員は、北方謙三、日下圭介、笹沢左保、中島河太郎、武蔵野次郎(誰だこいつ)の5名。それぞれの選評で、北方は「ミステリとしては荒唐無稽だが、ミステリを一人の天才喜劇人を描く道具に使った手口は紛れもなく新しい」と比較的好意的に書いているけれど、残りの委員達は浅草やエノケンを題材にした着眼点を認めるだけで、日下は「密室トリック等はおふざけとして抱腹絶倒するのが正しい読み方だが、以後の応募者は真似せぬように」と刺し、中島「気どった文体が目ざわり」、笹沢「くどいくらいに冗漫で小説なのかシナリオなのか分からない」、武蔵野「この程度の文章で乱歩賞に入選するのかと一般が考えるとしたら困る」とボロクソで、誰もかれもが「こんなもんに賞をやりたくなかった」と言っているに等しい異常事態で、「受賞作なし」にしなかった理由が分からない。

 長坂は、北方以外の委員について「営業妨害だ」、「ケチだけつけるなら一票入れるな」、「あんな選評で選んでりゃ賞の権威なんてない」とし、受賞のスピーチでは「作者の私は受賞を確信していましたが、最も意外だったのは選考委員の人達だったようです」と挨拶、怒りをあらわにしている。誰が聞いてももっともな主張であり、講談社も、貶しながら賞をやり、同じ本に選評を収録するのは失礼だとして、その後10年間、選評を単行本に掲載しなかった。そんな反省(?)もされているのに、予選委員の一人だった関口苑生の『江戸川乱歩賞と日本のミステリー』という駄本では、「歴代1、2を争う愚作」と、これ以上ないというほどに扱き下ろされている。もっとも関口をまともなミステリ評論家だなんて思っている人はいないだろうから、いいんだけれど、こういうタイトルの本だとミステリにさほど詳しくない人も手に取ってしまいそうだから始末に悪いな。長坂は、暇はかかるし儲けは少ないしボロカスに言われるしで、この後しばらく小説から遠ざかってしまった。罪深いね、乱歩賞ってのは。


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