ダイキチ☆デラックス~音楽,本,映画のオススメ・レビュー

ダイキチデラックス

ミステリーを科学したら

由良三郎  1991年


科学の名のもとに難癖つけてるだけの「あの本」とはえらい違い

 こんなトリックありえない!推理小説の中の殺人は医学的に不可能なものが多い。推理作家にして医学博士の著者ならではのミステリー診断書。さて、毒薬はどんな味?元東大教授にして医学博士の推理作家が切捨御免。フォーサイスから半七捕物帳まで、ミステリーを診断する好エッセイ。

 この由良三郎という人は推理小説も書いている(『運命交響曲殺人事件』がサントリーミステリー大賞を受賞)のだけれど、残念ながら読んだことがありません。相済みませぬ。でもね、この人は江戸川乱歩賞史上最大の汚点だの小説じゃないだのと数限りない酷評を浴びた(だったら何故授賞するかね)江戸川乱歩賞受賞作『浅草エノケン一座の嵐』を誉めた、という一点で素晴らしい人だと断じて良いのである。どのくらい酷く言われたかは選評そのものとか、関口苑生の『江戸川乱歩賞と日本のミステリー』という不愉快極まる本とか、長坂の『術』とかを参照されたい。本当に酷いから。で、そんな『浅草エノケン一座の嵐』を、「科学的には変かも知れないが、変だと思わせずに読ませる文章の力があり、小説として面白いのだから良いではないか」と擁護したわけです。こんな姿勢の人、誰もいなかったのにですよ。もちろん、それだけで誉めているんじゃありませんよ。この人は医学博士で、その知識でもって、推理小説の変なところを指摘しておられるのです。嬉しいねぇ。面白いことが最優先!っていうのはエンタテイナーたる作家として当然の(しかし忘れられがちな)スタンスですね。私たちは小難しい理屈とか、おゲージツとかを読まされたいわけじゃないんだから。というわけで、青酸カリに対する一般的認識とその間違いについて、毒薬の味について、プロのミステリ作家に死体処理法について相談された話、心臓を一突きすることの難しさと、一突きしたはずの心臓から血が溢れ出す矛盾についてなどを科学的に考察。しかし、それは作品を貶すためではありません。「小説は科学論文ではないのだから、(中略)厳密な意味での科学的論理に一致しない部分があるのはやむを得ない。要は、読者が作中で探偵の示す謎の論理的解明に『なるほど』と感心し納得し、探偵の推理が当たったことを喜んで拍手できればオーケーなのである」「それ以上突っ込んで細かな点での矛盾をほじくりだすのは、無粋といわれても仕方ない」と語っておられます。偉いっ!実に面白くってためになる読み物です。

 それと、もうひとつ面白いのは島田荘司による文庫版解説。解説で著者を褒めるのは良いとして、ちょっとズレてる感じがたまらない。もぉなんていうか、学歴崇拝丸出しですごいですよ。「我が国の最高学府の権威も地位もある人が、推理小説なんて下賎なものが大好きなんて素晴らしい」とかなんとか書いちゃって、自分がいかに卑屈な人間かを大々的にカミングアウトしちゃっています。この人コンプレックスの塊で、被害妄想が酷いのだなぁと味わい深い解説です。


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