ダイキチ☆デラックス~音楽,本,映画のオススメ・レビュー

ダイキチデラックス

月への梯子

樋口有介  2005年


これはミステリかファンタジーか

 いろんなものを書くのにハズレがないのは東野圭吾。似たようなものばっかり書いている(貶してるんじゃありませんよ)からハズレようのないのが樋口有介である。実際、この人の本は殆ど全部といっていいほど青春ハードボイルド。同じような冷めた思春期の主人公が出てきて同じような謎の美少女が出てきて同じような事件が起こって同じような解決を見て同じようなひと夏が終わる。そんな感じ。かと言って、つまらんわけではない。なんて言うか、「俺も昔はちょっと悪だったんだ」みたいなことを言ってみたいものの、実際は悪いどころか平々凡々、いかなる意味においても目立つことなどできず、もちろん美少女なんかと縁も無く、なんとなく進学してなんとなく就職してなんとなく結婚して、今じゃ帰宅後の発泡酒だけが楽しみ、だけど少年の心も少しは残っているのさ、みたいなおじさんたちのハートには直球ストレートの面白小説なのである。樋口有介の本には、そんなおじさんたちのハートに訴えるものがある。夢があるのだ。だから、どれを読んでも「またか」なんて思わず楽しめるのである。ところが、この作品は大きく趣が違っています。

 主人公「ボクさん」こと福田幸男は母の遺したアパートの大家、40歳。少年ではないが、いわゆる脳が少々御不自由な方である。少しとろいけれど、人を疑うことを知らず、ご近所や店子の皆に愛されノンビリ平和に幸福に暮らしていた。ところがある日、入居中のスナック勤めの栗村蓉子が殺された。屋根の修理で梯子に上り、窓から死体を発見したボクさんは、そのショックで梯子上で気を失って落下。入院して四日目に意識をとり戻した。無事退院したものの、アパートに戻ると、入居者全員が行方をくらませていた。栗村蓉子の死も現実、頭の鈍痛も足腰の打撲痛も現実、それらの現実はすべて容認するにしても、ボクさんが入院した翌日に幸福荘の全住人、団子木真司、雨貝孝作、物舟逸郎、青沼文香、軽井勇の五人全員がアパートから姿を消してしまったという説明は、どうやって納得すればいいのだろう。しかも全員身元を偽っていたなんて!転落事故の影響か、頭の働きがよくなったボクさんはいなくなった住人と、殺人事件の犯人を捜し始める。やがて彼は、自分を取り巻くものが善意だけではなかったことを知る……。

 少年が主役の作品では、甘酸っぱいような、ほろ苦いような、でも未来になんとなく希望が持てる結末を描くことの多かった樋口が、ここでは、あまりに苦い結末を用意しました。ハッキリ言って、似たような趣向の作品は数多くあるのでしょうが、そんなことは関係ない。いろいろなことを「知る」、「知ってしまう」ということはなんて哀しいことなんだろう、幸せって一体なんだろう、あの苦いラストは、ひょっとして救いなのだろうか、などと考えさせられてしまう展開を是非味わっていただきたい佳作です。でも、これまでとは全然違う雰囲気の作品なのに、後味が似ているのは何故なんだろうな。


copyright©Daikichi_guy 1999-2020  all rights reserved.