日本SFの元祖、海野十三が、その科学知識を間違った方向に駆使して物した作品集。SFやホラーも収録されているが、やっぱり強烈なのはミステリ。バリバリの文系の私でも「ほんまかいな」と眉唾になってしまうほど胡散臭いトリックが使われている。そのトリックの性質からかSFミステリと呼ばれたりもするが、アイザック・アシモフの『鋼鉄都市』やジェイムズ・P・ホーガンの『星を継ぐもの』などとは全然違って、強いて言えば、無茶苦茶な『怪奇大作戦』といったところ。本書に収録されている「振動魔」(1931)、「爬虫館事件」(1932)、「赤外線男」(1933)、「俘囚」(1934)の真相は驚愕以外の何物でもなく、海野十三でなければ絶対書けない(誰も書かない)、帆村荘六でなければ絶対解けない怪事件である。こんなぶっ飛んだ話が次々に読めたなんて、昭和一桁って恐ろしい時代だ。頭が良いんだか悪いんだか、とにかく科学万歳!必読の傑作ばかりなので、未読の方は即座に入手するように。
さて、本書は、ミステリ・SF研究家、アンソロジスト、フリー編集者である日下三蔵のいい仕事。個人的には、アニメ・特撮ソング研究家というプロフィールに非常に興味があるのだが、それはさておき、質量ともに恐るべき仕事をする人である。山田風太郎の忍法帖以外の作品がこんなに読まれるようになったのも、扶桑社文庫の「昭和ミステリ秘宝」などというマニアック極まる企画を楽しめるようになったのも、全部この人のおかげである。その仕事っぷりの一例として、下に、文庫で手に入るミステリのアンソロジーだけをリストアップしたが、ほとんどが単独の作品集など編まれたことのない作家で、これらを発掘して世に問おうという姿勢には頭が下がりまくりである。こんな商売になりそうもない企画を通すのだから、さぞかし押しの強い人なんだろうなぁ。しかし、この人(1968生)といい、貫井徳郎(1968生)といい、千街晶之(1970生)といい、私と1歳しか違わないのに立派な仕事をしている人たちを見ると、生きていくのが嫌になるのぉ。
ちくま文庫「怪奇探偵小説傑作選」(全5冊) | |
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岡本綺堂集「青蛙堂鬼談」 | 「水鬼」、「白髪鬼」など |
横溝正史集「面影双紙」 | 「鬼火」、「蔵の中」など |
久生十蘭集「ハムレット」 | 「湖畔」、「母子像」など |
城昌幸集「みすてりい」 | 「怪奇製造人」、「ママゴト」など |
海野十三集「三人の双生児」(本書) | 「電気風呂の怪死事件」、「恐しき通夜」など |
ちくま文庫「怪奇探偵小説名作選」(全10冊) | |
小酒井不木集「恋愛曲線」 | 「痴人の復讐」、「愚人の毒」など |
渡辺啓助集「地獄横丁」 | 「偽眼のマドンナ」、「決闘記」など |
水谷準集「お・それ・みを」 | 「空で唄う男の話」、「胡桃園の青白き番人」など |
佐藤春夫集「夢を築く人々」 | 「オカアサン」、「指紋」など |
橘外男集「逗子物語」 | 「マトモッソ渓谷」、「蒲団」など |
小栗虫太郎集「完全犯罪」 | 「白蟻」、「屍体七十五歩にて死す」など |
蘭郁二郎集「魔像」 | 「息を止める男」、「鱗粉」など |
日影丈吉集「かむなぎうた」 | 「飾燈」、「猫の泉」など |
氷川瓏集「睡蓮夫人」 | 「窓」、「洞窟」など |
香山滋集「魔境原人」 | 「エル・ドラドオ」、「心臓花」など |
河出文庫「本格ミステリコレクション」(全6冊) | |
飛鳥高名作選「犯罪の場」 | 「二粒の真珠」、「細すぎた脚」など |
岡田鯱彦名作選「噴火口上の殺人」 | 「妖鬼の呪言」、「四月馬鹿の悲劇」など |
楠田匡介名作選「脱獄囚」 | 「沼の中の家」、「脱獄を了えて」など |
鮎川哲也名作選「冷凍人間」 | 「他殺にしてくれ」、「怪虫」など |
島久平名作選「5-4=1」 | 「悪魔の手」、「女人三重奏」など |
鷲尾三郎名作選「文殊の罠」 | 「疑問の指輪」、「生きている屍」など |