ダイキチ☆デラックス~音楽,本,映画のオススメ・レビュー

ダイキチデラックス

七つの仮面

横溝正史  1956年


金田一もののイメージを変える超怪作!

 『僕たちの好きな金田一耕助』(2008年刊)という本があって、金田一が登場するすべての長短編77作を紹介していたものだから、思い立って読破することにした。日本一有名な名探偵さんのお話ですからねぇ。なにしろ、エラリー・クイーンを全作品読破した以外、「読破」というものに縁のない私ですから、かなりの日数をかけて挑んでみたわけであります(横溝読破じゃなくて、金田一もの読破です)。で、読んでみたら、なんとまぁ出来不出来の激しいこと。と言うより、「何これ?」というような作品が大半ではないか。肩透かしというか何というか、事件自体は、さすが横溝と言うべきか、残虐グログロだったりするのに、さほど盛り上がることもなく、大層な謎解きもなく、なんとなく終わってしまうという印象のものが多かったのは意外。

 金田一といえば、「防御率最低」とか言われ、犯行を阻止するという発想そのものが極めて希薄な探偵というイメージがある。事件を抗うことのできない運命と捉えて、その帰趨を見届けるだけで、謎解きは、現実を納得できない関係者に対して仕方ないからやっているようなイメージがある(余談ながら、似たようなスタンスでも、「それでも探偵か?」と突っ込まれないために造形されたのが京極堂ではないか)。ただ、これは映画を撮った市川崑の解釈(と大林宣彦作品における長台詞)に随分引きずられたもので、原作を読む限り、もっと軽い人に思われるのだが、どうでしょう?グログロ事件でも「面白い事件がありますから遊びに来ませんか」なんて不謹慎な等々力警部(この緊張感のなさにも唖然呆然間違いなし)から誘われて、ほいほい出かける探偵って何なんだ。愛されるキャラクターというのは分からんでもないけど、名探偵としては、どうなんですか、これ。異様なほどの人気も、その能力、活躍ゆえではなくて、キャラ萌えの元祖ってことなので解釈した方がいいのではないか。

 で、この作品は、金田一もの、いや横溝作品の中でも第一級の狂った代物。主人公、美沙は、以前聖女と呼ばれる純粋可憐な娘だった。しかし、今では堕ちるところまで堕ち、娼婦になっていた。のみならず、両手を血に染めた殺人犯でもあるのだ……、というようなことが一人称で語られるのだけれど、そもそも推理小説なのか、これ?なんと言いますか……すごい作品です。これを書いたとき横溝は気が狂っていたのに違いない。語られる内容も語り口も無茶苦茶です。文体も「ですます体」と「である体」が、意図したものとは思えない感じで入れ替わりまくり、学校のテストなら間違いなくペケを付けられる状態です。本来、B級って、こういうのを言うんじゃないのか、という迫力が感じられて、とにかく一読の価値アリの怪作。金田一ものインパクト第一位。読破した私が言うんだから間違いない。しかし、読んでみて改めて思ったけれど、横溝作品の特徴って、田舎の旧家がどうのこうの祟りだなんだがどうのこうの、ってんじゃなくて、いわゆるエロとグロなのね。それだけなのね。やっぱり乱歩と同じなのね。


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