ダイキチ☆デラックス~音楽,本,映画のオススメ・レビュー

ダイキチデラックス

YOU'RE UNDER ARREST

MILES DAVIS  1985年録音


マイルスの「逮捕しちゃうぞ」

 マイルス・デイビスと言えば「ジャズの帝王」なわけですが、このアルバムを聞いて、ジャズに分類する人なんていないでしょう。1969年(私が生まれた年だ!)の『イン・ア・サイレント・ウェイ』以降、リズムを強調する方向へ走り、どうもイマイチ聞きづらいアルバムを作っていたのだけれど、健康を害して1975年から休養、1980年に復帰してからはポップな方向へと舵を切り、こんなアルバムを発表したのでした。マイケル・ジャクソンの「ヒューマン・ネイチャー」の素晴らしさ。ああ、真っ当な音楽だねぇと嬉しくなってしまう。

 この圧倒的な聞きやすさ。それゆえに、ジャズファンの評判は悪い。例えば、マイルスの全アルバムの中からベスト5を選べ、なんて言われて、これを選ぶ人はいないと思う。ベスト10でも辛いと思う。そもそもマイルス万歳の中山康樹以外に、これを紹介している人なんて見たことがない(まぁ、中山は、マイルスなら全部紹介しちゃうんだが)。ジャズファンなんて人種は、実に偏狭な趣味しか持っていない人が多いので、そんな人たちに評価されなくても別に構わないわけなのだけれど、ジャズファンじゃなきゃマイルス・デイビスなんて聞きやしないだろうから、こういうアルバムは埋もれてしまうのである。でも、埋もれさせておくにはもったいないので、ここで取り上げてみました(私が取り上げることで、余計マイナスに働くかも知れんのだが)。

 「ジャズファンじゃなきゃマイルス・デイビスなんて聞きやしない」というのが、実は大問題で、マイルス自身が、そこんところに焦っていたらしい。例えば、市川雷蔵の主演映画に『ある殺し屋』というのがあるけれど、これは、あんまり評価されない。雷蔵というのは時代劇の役者として認知されていて、時代劇でさえ、ニヒルな眠狂四郎じゃなきゃ!って人が多くて、濡れ髪シリーズみたいに明朗でC調な雷蔵は認められにくいのだから、現代劇なんかトンデモナイということなのでしょう(『炎上』が褒められるのは、原作が三島由紀夫の『金閣寺』で、監督が市川崑だからでしょう)。面白いんですけどね、『ある殺し屋』。食わず嫌いって本当に損ですよ。確かに、現代劇の雷蔵は顔がのっぺりしてて男前やないけどさ。というわけで、そういった作品はカルト呼ばわりされて、一部の好き者によって語り継がれていくわけですが、このアルバムも、そんな感じなのかも知れない。レッテルってのは便利なものなので、どうしたって剥がせやしない。デビューから、ずっとジャズ界を牽引してきた(と言われている)マイルスが、「俺を、ジャンルを超えたミュージシャンとして認めろよ!」なんて言ったところで、誰も聞きやしない。これが悲しい現実って奴ですな。厳しいことを言えば、それを認めさせるほどにインパクトのある作品を生み出せなかったということなのだけれど、そこまでいくと、さすがに酷か。だって、十分楽しめるアルバムですよ。マイルスのミュート演奏も美しいし。さすがに、この後の『オーラ』とか『アマンドラ』とかになると、「マイルスは、どこにいるの?」って感じになっちゃって辛いんで、私は、このアルバムこそが、マイルス最後の傑作なのだと思います。


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